「第二の脳」という言葉を、聞いたことがありますか。
少し大げさな言葉に聞こえるかもしれません。しかし、私たちは以前から、第二の脳に近いことを日常的に行ってきました。
人は昔から、忘れてはいけない予定を手帳へ書き、電話で聞いた内容をメモし、会議で決まったことをノートへ残してきました。思いつきを付箋に書き、後で確認したい資料へ印を付けることもあります。頭の中だけに置いておくと忘れるから、いったん外へ出し、必要なときに見返せるようにしてきたのです。
名前を付けていなかっただけで、私たちは手書きのメモやノートを、記憶を補う小さな「第二の脳」として使ってきたともいえます。
それが、パソコンやスマートフォンの普及によってデジタル化しました。紙の手帳やノートに書いていた内容を、文書作成ソフト、メール、メモアプリ、クラウドへ入力するようになったのです。検索、複製、共有がしやすくなり、保管できる量も増えました。
ただ、この段階では、紙に手で書いていた作業を、キーボードで入力する作業へ置き換えた面も大きかったと思います。何を残すか決め、文章を書き、分類し、後で探しやすい形へ整えるのは、引き続き人でした。
このデジタルノートの使い方を、個人の知識を育てる方法として整理し、広めた代表的な人物がTiago Forteです。Forteは2017年に「Building a Second Brain」というオンライン講座を始め、2022年には同名の書籍を出版しました。価値のある情報を集め、整理し、必要なときに取り出して、次の行動や制作へ生かす。そのための個人知識管理の仕組みを「第二の脳」として示しました。
その実践に適したノートアプリの一つが、2020年に登場したObsidianでした。
Obsidianでは、記録の本体をMarkdownという形式で持ちます。ファイル名の末尾が「.md」となるため、mdファイルとも呼ばれます。Markdownとは、見出しや箇条書きを簡単な記号で表すテキスト形式です。特殊なデータベースの中だけに保存するのではなく、自分のパソコンにフォルダーを作り、その中へ普通の文章ファイルとして置けます。
しかも、一つひとつのノートをリンクで結べます。顧客の現在地から過去の会議録へ、会議録から提案資料へ、提案資料から判断理由へ進める。単にメモをためるのではなく、離れていた記録の関係をつなぎ、自分の考え方に近い形でたどれるようにします。
生成AIが登場する前から、この仕組みは第二の脳と相性がよいものでした。記録を自分で所有でき、人が読み返せる。フォルダーで全体を整理しながら、リンクを使ってフォルダーを越えた関係も表せます。Obsidianを使わなくなっても、mdファイルは別の文章編集ソフトで開けます。少なくとも記録本文については、データが特定のサービス内に閉じ込められ、ほかへ移しにくくなる「ロックインリスク」を避けられるのです。
そして、生成AIやコーディングエージェントの登場によって、この特徴が別の意味を持ち始めました。コーディングエージェントとは、会話に答えるだけでなく、パソコン上のファイルを探し、読み、書き換える作業用AIです。
mdファイルは中身が普通の文章なので、AIエージェントも読みやすい。さらに、ファイルがパソコン上のフォルダーに置かれているため、パソコンのファイルを扱うAIエージェントが直接探し、比較し、追記できます。人がノートの内容を毎回チャット画面へコピーしなくても、AIエージェントが必要な記録を探しに行けるのです。
ここで、ノートの作り方そのものが変わります。人がすべてを入力して整理するだけではありません。AIと相談しながら文章を加え、会議録を要約し、関連する記録をつなぎ、古くなった現在地を書き換える。新しい知識の加え方も、情報の整理の仕方も、人とAIの協働へ移り始めています。
私がこの連載でお伝えしたいのは、この変化を個人事業主から大企業まで、日々の業務へどうつなぐかです。
人が記憶を補うために使ってきたメモ。そのデジタル化として広がった第二の脳。さらに、人とAIが同じ記録を読み、更新する業務基盤へ。Obsidianはその置き場所となり、AIエージェントはそこを一緒に育てる相手になります。
では、なぜこの仕組みがロングテール業務の自動化に必要なのでしょうか。次回は、決まった手順だけでは任せられない「定型化できない8割」から考えます。
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